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東京電力福島原子力発電所事故を踏まえた原子力人材育成の方向性について

平成23年8月8日
原子力人材育成ネットワーク

1.はじめに

 「原子力人材育成ネットワーク(以下、ネットワーク)」は、平成22 年 11 月、産学官の原子力人材育成関係機関が相互に協力し、我が国一体となった人材育成体制を構築することにより、原子力人材育成活動等を効率的・効果的・戦略的に推進することを目的に設置されたもので、同年 4 月にとりまとめられた原子力人材育成関係者協議会報告書の10項目の提言の実現に向け、活動を始めている。
 このような中、平成 23 年 3 月 11 日に発生した東日本大震災では、東京電力福島第一原子力発電所(以下、福島第一原子力発電所)において地震と津波により全電源が喪失し、1、2、3号機は炉心溶融に至り、建屋の破損や広範な放射性物質の放出をもたらす事態となった。この事故は、我が国のみならず、世界に大きな衝撃を与え、我が国のエネルギー政策、原子力政策を見直させることとなった。
 政府は、事故原因の究明や対策の検討を開始するとともに、IAEA閣僚会議において報告書を公表した。本報告書のなかで、「中長期的な原子力安全の取組みを確実に進めるため、原子力安全や原子力防災に係る人材の育成が極めて重要である。このため、教育機関における原子力安全、原子力防災・危機管理、放射線医療などの分野の人材育成の強化に加えて、原子力事業者や規制機関などにおける人材育成活動を強化する。」と述べられており、原子力関係機関における人材育成活動の一層の取組みが求められている。
 このように、ネットワークに課せられた役割は一層重くなっており、従来の10 項目の提言の実現に向けた活動に加え、今回、福島第一原子力発電所の事故から現状得られている人材に係る課題を抽出し、我が国の原子力人材育成の方向性として、当面取り組むべき事項を整理した。

2.福島原子力発電所事故を踏まえた人材育成の課題

(1)原子力安全・防災、危機管理、放射線など専門的知見を有する人材の確保
 福島第一原子力発電所においては、現実にシビアアクシデントが発生し、炉心が溶融し、大量の放射性物質が環境に放出された。この結果、原子力発電所における全電源喪失等を前提とした備えや対応策が必ずしも十分でなかったこと、事故後の避難など防災措置の実施に際しての混乱が生じたこと、広範な放射能汚染による国民の健康不安が生じたことなどの課題が明らかになった。これらの課題に対応するためには、原子力安全・防災、危機管理及び放射線等についての幅広い専門的知識を有する技術者が、規制機関、自治体、研究・教育機関や産業界において各機関の責務に応じた適切な役割を果たしていくことが重要である。

(2)現場技術者・技能者の確保
 原子力施設の安全は、設計、建設、運用のそれぞれの段階が適切に行われることによってはじめて確保されるものである。運用段階の原子力施設においては、運転・保守など現場の事情に精通した技術者・技能者の役割が大変重要であり、福島第一原子2力発電所における今後の修復作業においてもその役割に変わりはない。また、現場作業では、現場を束ねる中核となる経験豊かな指導員クラスの技術者・技能者が重要であり、この階層の技術者・技能者の育成・確保を計画的に進めることが特に重要と考えられる。

(3)原子力を志望する学生・若手研究者の確保
 原子力施設の安全性を維持・向上させるためには、次世代への技術の継承が不可欠でaある。しかしながら、今回の事故を受けて、学生や若手研究者が、原子力の将来性に疑問を抱き、原子力離れにつながる懸念がある。  今後、我が国において原子力施設を安全に維持・運転していくとともに、より高い安全性を実現するためには、若手人材の確保に向けた創意工夫した取組みが重要である。

(4)国際人材の育成
 福島第一原子力発電所事故から得られた教訓を世界と共有し、世界共通の安全基準に反映し、世界の原子力施設の安全確保に貢献することは我が国の責務である。このためには国際機関における安全基準の策定活動に積極的に参画し、牽引することが期待される。
 また、今回の事故は世界各国の原子力政策に影響を与え、脱原子力を表明した国もある一方で、原子力発電を新たに導入する計画を維持することを表明した国もあり、それらの国の日本への期待は変わらず高い。
 このため、優れた国際感覚やコミュニケーション能力を持った専門家が、国際的な安全基準の策定活動や新規導入国での原子力安全確保に貢献していくことは、従来に増して重要となっている。

(5)放射線の知識に係る対話の強化
 福島第一原子力発電所から放出された放射性物質の影響は、土壌や水、農畜産物、水産物等と多岐に亘り、現在も多くの国民が不安を感じている。これは、放射線の環境や人体への影響等について、十分な知識形成がされておらず、また分かりやすい情報発信が必ずしも十分に行われてこなかったことにも原因がある。
 実際、ネットワーク参加機関への放射線に関する講演、講習等の依頼が増加しており、放射線に関する情報や正確な知識を適切に提供していくことが重要となっている。

3.今後の取組みの方向性

(1)原子力安全・防災、危機管理、放射線など専門的知見を有する人材の確保
 シビアアクシデント等に関する研究や技術開発を推進できる専門家を育成し、確保していく必要がある。特に、防災、危機管理の分野においては、研究や技術開発の経験を通じた幅広い知識はもとより、原子力施設における実務経験や訓練が不可欠であることに留意すべきである。
 規制機関、自治体、研究・教育機関や産業界のそれぞれに幅広い分野の人材が必要であり、効果的な人材育成には、ネットワークを活用した幅広い連携を更に進めていくことが必要である。

(2)現場技術者・技能者の確保
 原子力施設の安全に万全を期すため、長期的な視点に立って豊富な現場経験を有する現場技術者・技能者を継続的に育成・確保していくことが重要である。特に、指導員クラスの現場技術者・技能者を計画的に育成し、技術継承していくことが重要と考えられ、例えばシニア技術者の活用など、技術継承の仕組みの一層の充実を図ることが必要である。
 また、今回の事故を踏まえれば、現場技術者・技能者に対する防災教育や放射線管理教育にも積極的に取り組むことが必要であり、今回の事故の教訓を反映、共有するため、ネットワーク等の場でも議論していくことが必要である。

(3)原子力を志望する学生・若手研究者の確保
 原子力関係以外の学科の学生に対して原子力や放射線に係る基礎教育を実施するなどそれらに接する機会を増やすとともに、事故を踏まえた新たな研究・技術開発テーマや国際社会における原子力エネルギーの期待を示すなど、原子力への関心を高めるための取組みを進めていくことが必要である。

(4)国際人材の育成
 新たな国際基準の策定への貢献や新規導入国の期待に応えるため、これまで以上に優れた国際感覚、高いコミュニケーション能力や情報発信能力を有する原子力安全の専門家を育成していくことが必要である。

(5)放射線の知識に係る対話の強化
 国民が原子力発電や放射線について正確に理解し、緊急時においても適切に対処することができるよう、情報発信を充実させるとともに、小・中・高等学校においてそれらを勉強できる機会を提供していく必要がある。特に、現役教員や将来教員を目指す学生に対して放射線に係る正しい知識を習得してもらう取組みは、生徒やその親を含め地域社会に大きな効果が期待されることから、積極的に進めていくことが必要である。
 さらに、事故時だけでなく平常時から国民と対話し、その理解を促進するためのリスクコミュニケーターの育成が重要であり、原子力関係者のみならず、地方自治体や教育機関の職員なども研修や実務訓練を通してその能力向上に努めることが必要である。

4.おわりに

 福島第一原子力発電所の事故を踏まえ、現在までに得られた原子力人材育成に係る課題を整理し、重点的に取組むべき人材育成活動の方向性について取りまとめた。今後、ネットワークの各参加機関には、人材育成の効果が発揮されるまでに時間を要することから、これらの取組みを、スピーディに、かつ積極的に実施していくことを期待する。
 なお、原子力に携わる者は全て高い倫理観と安全文化を備えていなければならず、それらの徹底が上述の人材育成活動を進める際の前提となることは言うまでもない。
 ネットワークとしては、新たな分科会を設置するなどし、取組み状況のフォローアップを行うとともに、事故から得られる人材面の新たな課題や教訓を踏まえて更なる検討を進め、原子力の安全確保に貢献していく。

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